👤 著者プロフィール: 井上 衛(出雲・郷土史探訪家 / 元社会科教師)
定年退職後、出雲地方の公民館で「身近な地名の由来講座」を定期開催。難解な古文書ではなく、足で稼いだフィールドワークに基づく「生きた歴史解説」が地元住民に人気。
「『荒茅(あらかや)』って、なんだか荒涼とした名前だな……なんて思ったことはありませんか? 実は私も昔はそう思っていました。でも、古地図を片手に町を歩いてみると、この名前には先人たちの熱い想いが隠されているんです。」
「ねえお父さん、『荒茅(あらかや)』ってどういう意味? 荒れた茅(かや)ってこと?」
お子さんからふいにこんな質問をされて、答えに詰まってしまったことはありませんか?
あるいは、秋祭りのシーズンに「うちはどこの神社の氏子なんだろう?」と疑問に思ったことがあるかもしれません。
毎日暮らしている町のことでも、意外と知らないことは多いものです。
漢字だけを見ると、少し寂しい風景を想像してしまう「荒茅」という地名。
しかし、そのルーツを紐解くと、そこには二つの古い村が手を取り合い、荒れ地を豊かな田畑に変えてきた、先人たちの力強い物語が隠されています。
この記事では、荒茅町という地名の意外な成り立ちと、この町を古くから守り続けている「二柱の神様」についてお話しします。
読み終える頃には、いつもの散歩道が、歴史ある誇らしい景色に見えてくるはずです。
実は明治生まれ。「荒茅(あらかや)」という地名の意外なルーツ
まず最初に、地名の謎解きから始めましょう。
実は、「荒茅」という地名は、江戸時代などの古い記録には登場しません。
この名前が生まれたのは、明治時代に入ってからのことなのです。
明治22年(1889年)、全国で「町村制」という新しい制度が始まりました。
この時、それまで隣り合っていた二つの村、「荒木村(あらきむら)」と「茅原村(かやはらむら)」が合併することになりました。
そこで、新しい村の名前を決める際に、お互いの村の名前から一文字ずつ取って組み合わせたのです。
これが、「荒茅村(あらかやむら)」という合成地名の誕生です。

つまり、荒茅町は単なる一つの町ではなく、「荒木」と「茅原」という二つの歴史ある村が一つになった姿なのです。
現在の地図を見ても、西側には旧荒木村の名残が、東側には旧茅原村の名残が、それぞれの集落の形として残っています。
「荒」と「茅」は開拓の証。先人たちがこの地に込めた想い
「でも、やっぱり『荒』とか『茅』って、何もない場所って意味じゃないの?」
そう思われるかもしれません。
確かに、「茅原」はかつてチガヤ(茅)が生い茂る原野だったことを示していますし、「荒木」も荒れ地を意味するように見えます。
しかし、ここで少し視点を変えてみましょう。
地名に使われる「荒」という字には、荒廃したという意味だけでなく、「新(あら)たに切り拓いた土地」という意味が込められていることがあります。
「新木(あらき)」が転じて「荒木」になったという説もあるほどです。
想像してみてください。
かつてこの出雲平野の一角は、アシやカヤが生い茂る湿地帯や原野でした。
そこに鍬(くわ)を入れ、泥にまみれながら水路を引き、人が住める土地、米が取れる豊かな水田へと変えていった先人たちがいたのです。
「荒茅」という地名は、何もない原野を自分たちの手で切り拓いてきた、先人たちの「不屈の開拓魂」の証(あかし)と言えるのではないでしょうか。
そう考えると、この文字がとても力強く、誇らしいものに見えてきませんか?
うちはどっちの氏子?町を守り続ける「二つの氏神様」
地名のルーツが「二つの村」にあることがわかると、もう一つの疑問が解けてきます。
それが「氏神様(うじがみさま)」の問題です。
合併して行政上は一つの「荒茅町」になりましたが、神様の世界では、今も旧村の境界線が生きています。
町内には、それぞれの旧村を守り続けてきた、二つの重要な神社が鎮座しています。
ご自宅がどちらのエリアにあるかによって、お参りすべき氏神様が異なる場合があります。それぞれの神社の特徴を見てみましょう。
📊 比較表
荒茅町を守る二つの氏神様
| 神社名 | 大年神社(おおとしじんじゃ) | 茅原神社(ちわらじんじゃ) |
|---|---|---|
| ルーツ | 旧 荒木村 の氏神 | 旧 茅原村 の氏神 |
| 鎮座地 | 出雲市荒茅町1188番地 | 出雲市荒茅町2500番地 |
| 主祭神 | 大年神(オオトシノカミ) | 須佐之男命(スサノオノミコト) |
| ご利益・特徴 | 五穀豊穣、産業発展。 「年(トシ)」は稲の実りを意味する、農耕の神様。 | 厄除け、縁結び。 ヤマタノオロチ退治の英雄神。出雲大社とも縁が深い。 |
| こんな方へ | 旧荒木村エリアにお住まいの方 | 旧茅原村エリアにお住まいの方 |
大年神社は、その名の通り「稲の実り」を司る神様です。開拓によって田畑を広げてきた旧荒木村の人々にとって、最も大切な神様だったことがうかがえます。
一方、茅原神社は、出雲神話の英雄スサノオノミコトを祀っています。古くからこの地を見守り、災いを払ってくれる力強い神様です。
✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: 散歩がてら、ご自宅から近い神社へ足を運んでみてください。
なぜなら、この点は多くの人が見落としがちで、住所の番地だけでは正確な氏子区域がわからないことがあるからです。古くからの住民の方に「この辺りは昔の荒木ですか? 茅原ですか?」と聞いてみるのも、地域交流の良いきっかけになりますよ。どちらの神様も、この荒茅町全体を見守ってくれていることに変わりはありません。
荒茅町の歴史Q&A(合併の時期、昔の風景など)
最後に、荒茅町の歴史について、よく聞かれる質問をまとめました。
Q. いつから「出雲市」になったのですか?
明治22年に「荒茅村」ができた後、昭和30年(1955年)に隣接する長浜村と合併し、その長浜村が出雲市に編入される形で「出雲市荒茅町」となりました。
Q. 昔はどんな風景だったのですか?
古い記録や地形から推測すると、かつては神戸川(かんどがわ)の氾濫や、日本海からの風の影響を受ける厳しい自然環境だったと思われます。そこを少しずつ開拓し、防風林(築地松など)を整えながら、現在のような美しい田園風景を作り上げてきました。
まとめ:次の休日は、子供と一緒に氏神様へ
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
「荒茅」という地名には、「荒木」と「茅原」という二つの村の歴史と、「大年神」と「スサノオ」という二柱の神様の加護が重なり合っています。
ただの住所記号だと思っていた「荒茅」の文字が、先人たちの汗と祈りが詰まった、物語のある名前に見えてきたのではないでしょうか。
「ここは昔、二つの村が一緒になってできた町なんだよ」
「こっちの神様は、お米を作るのを助けてくれた神様なんだよ」
そんなふうに、お子さんに語りかけながら、次の休日は氏神様へ手を合わせに行ってみませんか?
きっと今までとは違う、温かい風を感じられるはずです。
[参考文献リスト]
- 島根県神社庁公式サイト | 茅原神社・大年神社
- Wikipedia | 荒茅村
- 出雲市文化財課 関連資料